玄松子のぶろぐへ
当ブログは、『玄松子の記憶』( http://genbu.net/ )専用ぶろぐです。    玄松子の記憶    玄松子のぶろぐ   玄松子の記憶へ    










« 2009年2月 | 『玄松子のぶろぐ』 めいんへ戻る | 2009年4月 »

2009年3月29日

健田須賀神社 (結城市)

茨城県の 健田須賀神社(結城市) を掲載しました。

茨城県結城市にある。
結城駅の北500mほどの結城に鎮座。
境内入口は北側。入口右手には「縣社健田須賀神社」と刻まれた社号標。

参拝は十月の休日、雨の朝。
上田市の自宅を深夜出発して、
50号線にある栃木県の道の駅で朝まで眠り、
周囲が明るくなった頃に、当社へ到着した。

石の参道を進むと白い鳥居が建っており、
参道は南へ数十mほど続いている。
しばらく歩くと、右手に慰霊殿。
護国の英雄を祀った神社。

さらに進むと社殿のある境内。
参道の正面には舞殿があるが、
拝殿等は参道の右手にあり、当社社殿は東向き。
瓦葺入母屋造の拝殿の後方、垣に囲まれて流造の本殿がある。

本殿の左手に立派な「カヤの木」があるが御神木だろうか。

当社は、明治三年、
現社地鎮座の須賀神社に、小塙鎮座の健田神社を合祀した神社。

  
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   

投稿者 GenSyouShi : 19:17 | こめんと (2) | A. 掲…掲載

2009年3月26日

Connie Talbot '6yrs old' (Over The Rainbow)

このブログに載せていた Israel Kamakawiwo'ole のyoutube 動画が削除されていたので
別の 動画(Over The Rainbow)を探していた時に見つけた動画。

イギリスのオーディション番組に出場した 6歳の子。

歪んだ大人になりませんように。

  
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   

投稿者 GenSyouShi : 22:11 | こめんと (1) | 3. 聴…音楽の話

「おなじ話」

昨日に続いて、youtube 内のオススメ。

ところで、この歌の中の二人。
どういう関係なのだろう。
いま、どういう状態なんだろう。

いろいろと想像してたら、なぜか悲しくなってくる。

  
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   

投稿者 GenSyouShi : 21:47 | こめんと (0) | 3. 聴…音楽の話

2009年3月25日

「わずか45秒でも、伝えられる感動がある」

今日、昼休みに youtube を何気なく眺めていて、
このビデオを見つけた。

職場の昼休みなのに、号泣してしまった。
周りに人が居なくて良かった。

今、自宅でこの記事を書きながら、シクシクと泣いています。

  
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   

投稿者 GenSyouShi : 21:08 | こめんと (1) | 2. 好…はまりました

水口神社 (水口町)

滋賀県の 水口神社(水口町) を掲載しました。

滋賀県甲賀市にある。
近江鉄道・水口城南駅の南東300mほどの水口町宮ノ前に鎮座。
僕は北の方角から当社へ向かったが、
車道に当社の鳥居が建っていた。

境内入口は東向き(やや南よりかも)。
参拝は年末休日の朝。
昇ったばかりの朝日が境内を照らし
境内はオレンジの世界だった。

そのオレンジの光を背に受けながら参拝開始。
境内入口には「式内水口神社」と刻まれた社号標が建っている。
石の丸橋の奥が広い砂利の境内。
境内の鳥居には、迎春のための角松が飾られていた。

境内の中央に舞殿があり、
その後方、垣の中に社殿が鎮座。
垣の中央部に神門があり、神門をくぐって参拝。
正面に拝殿があり、拝殿の後方に流造の本殿。

本殿の左右に、玉津米神社と武雄神社が鎮座。
垣内の右手には、日枝神社と水口恵比須神社。
垣の外、左手には稲荷神社が祀られている。

境内の左手に「遥拝所」という場所があるが
どこのお宮を遥拝しているのだろうか。
方角から考えると奈良方向のようだが。

創祀年代は不詳。

中世には山王新宮とも称され、近世には大宮大明神とも称された神社。
式内社・水口神社に比定されている古社。

  
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   

投稿者 GenSyouShi : 21:03 | こめんと (2) | A. 掲…掲載

2009年3月22日

新川神社 (守山市)

滋賀県の 新川神社(守山市) を掲載しました。

滋賀県守山市にある。
守山駅の北東1Kmの立入町に鎮座。
野洲川左岸、東海道本線の南。

駅から当社へのルートは、言葉での説明が難しい。
新しい住宅地の奥に、鎮守の森が残っている、そんな感じ。
昔は、社前は田畑だったはずだ。

社前に小川が流れ、「新川神社」と刻まれた社号標。
参拝は年末の休日の朝。
境内入口は南東向きで、鳥居正面に朝日が射して
なんだか神々しい雰囲気。
境内に足を踏み入れると、僕の影が境内中央にまで延びていた。

境内の奥に瓦葺の拝殿があり、
少し離れて、後方に流造の本殿。
本殿は垣に囲まれており、本殿の左右に境内社がある。
また、境内の左右にも幾つかの境内社が、まとめて祀られている。


創祀年代は、不詳。

社伝によると、霊亀二年
大新川神霊を野洲・幸津川二邑に分祀するとあり
当社は、式内社・上新川神社の論社。
野洲川下流には、式内社・下新川神社が鎮座。
新川の司水神を祀る、上社と下社の関係にあるものと思われる。

野洲川の対岸には同名の社があり、
同じく式内社・上新川神社の論社となっている。

  
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   

投稿者 GenSyouShi : 16:03 | こめんと (0) | A. 掲…掲載

2009年3月21日

波布比咩命神社 (伊豆大島)

伊豆大島の波布比咩命神社(伊豆大島) を掲載しました。



伊豆大島にある。
大島の南東部にあり、
「波浮の港」や「アンコ椿は恋の花」などの
歌で有名な波浮港に鎮座。
波浮港への道の途中、港にちょっと突き出した場所に境内がある。

道路から少し下る参道があり、
参道をおりると突き当りに鳥居。
鳥居扁額には「波布比咩命」と書かれている。

境内入口は北向きで、
鳥居をくぐって参道を進むと社殿のある境内。
境内の左手に、港へ向かう鳥居が建っており
鳥居から階段を下ると海。

境内は港の口にあたる場所にあり、
出入りする船を見下ろす場所。

その海への階段脇には「波浮神社」と刻まれた社号標。
波浮港にあるため、当社の通称は波浮神社なのだろう。
たしかに波布比咩命神社というのは
通称としては読みにくい。

木々に囲まれた境内の奥(南側)に拝殿と本殿覆屋がある。
境内は、華やかさはないが、落ち着いた港の鎮守という雰囲気。
ただ、覆屋の中の本殿は美しい朱色で、
やはり女神を祀る神社の趣きがある。

創祀年代は不詳。

通称は、波浮明神。
『三宅記』に「三島の神大島に置き給ふ后を羽分の大后と申しける」とあり、
当社は、三島大明神の后神を祀る神社。

波浮港は、もとは美しい清水をたたえた火口池であったらしく、
その当時に創建されたものとする説がある。

式内社・波布比賣命神社に比定され、
斎衡六年(855)正五位下を賜った古社。

  
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   

投稿者 GenSyouShi : 02:17 | こめんと (2) | A. 掲…掲載

2009年3月19日

荒木神社 (福知山市)

京都府の 荒木神社(福知山市) を掲載しました。

京都府福知山市にある。
福知山駅の南3Kmほどの堀に鎮座。
地図には「荒木」と記されているが、
資料の住所は堀字荒木山となっていた。
正確には、
室山(親不知、605m)の前山である
荒木山(432m)の北東麓(標高180m)に鎮座。

僕は土師川の方から回り込んだので、
福知山駅からのルートは、ちょっと説明しにくい。
とりあえず、ランドマークとして紅葉丘病院を目指す。
土師川から、その紅葉丘病院を行き過ぎて300mほどの地点から
南西へ入り、500~600mほどの場所に参道入口がある。

参道入口から少し上ると「式内荒木神社」と刻まれた社号標。

参道は山道で、地図で見ると200mほどの距離。
参拝当日は真夏の盛りだったが
参道脇の木々のおかげで、陽射しもなく、雑草もなく
ハイキング気分でしばらく歩くと、
参道中ほどに、数段の階段と鳥居。

鳥居をくぐり、さらに参道を進むと境内へ上る階段がある。
階段の左手に小さな池があり、中央に境内社の祠が一つ。
階段の右手には手水鉢。

階段を上ると社殿のある広い境内。
境内中央に、入母屋造の拝殿があり、後方に流造の本殿。

創祀年代は不詳。
昔の俗称は「十二所権現」、近代の通称は「荒木の権現ざん」。
『三代実録』の貞観元年(859)五月の條に、
「四日己未丹波國荒木神列二官社一」とある古社で、
式内社・荒木神社に比定されている。

境内の右手に、山へ登る階段があり、
その階段脇にも祠が一つある。

で、その階段の先に関して。

このように境内脇に階段がある場合、
通常なら、僕は無意識に登ってしまうのだが、
その祠の先がどうなっていたのか、全く記憶がない。

ひょっとすると、階段は祠までで。その先が無かったのか、
あるいは、暑さのために、朦朧としていたためか、
それとも、参拝しながら、いろいろと考え事をしていたためか、
とにかく記憶がないし、写真も撮ってないのだ。

  
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   

投稿者 GenSyouShi : 23:21 | こめんと (0) | A. 掲…掲載

2009年3月18日

禅定神社 (尾花町)

福井県の 禅定神社(尾花町) を掲載しました。

福井県鯖江市にある。
鯖江駅の東11Kmほどの尾花町に鎮座。
北陸自動車道を越えて、東へ。
18号線をさらに東へ進み、
192号線に入って1Kmほど東へ進むを尾花町がある。
その尾花町で北へ入り、少し上った場所に境内がある。

式内社・刀那神社を探している時に、当社に到着。
なんとも良い雰囲気だったので、とりあえず参拝しておこうと立ち寄った神社。

境内周囲には杉木立が多いのだが、
鳥居をくぐった広い境内は、すっきりとした印象。
境内奥(東側)の石組みの上に社殿がある。
で、参拝後に拝殿の扁額を見ると「式内刀那神社」と記されていた。
鳥居には「禅定神社」とあったのに、どういうことだろうか、
と考えながらの参拝。

この参拝時点では、刀那神社が禅定神社に合祀されたのだろうか
などと考えていた。


創祀年代は不詳。

社記によると、
「御神体の儀は人皇二七代継体天皇の茨田皇女、
故ありてこの地三社森にて薨ぜられる。
故にこの地茨田谷と称し、
その後、この地近郷を河和田谷と申す」とあり、
茨田皇女の遺徳を偲んで、三社森のこの地に社を建立し
刀那神社と称して、皇女の御霊を祀り、
近郷一帯の総社として崇敬されたという。

参拝を終え、境内を歩きまわっていると
境内右手(南側)の斜面の下へ続く、細い獣道のような道の下に
社殿の屋根が見えた。
当社の関連社か境内社か、気になったので
その斜面を下ってみると、やや小ぶりな緑の境内があり、
中央に石組の上に社殿。
拝殿の前に石碑が建っており、昔の漢字が使われていて
判読できない部分もあったが、
読んでみると、河和田神社へ合祀後に建てられた石碑で、
どうやら、刀那神社の旧地を示すものらしい。

  
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   

投稿者 GenSyouShi : 23:04 | こめんと (0) | A. 掲…掲載

2009年3月17日

春日神社 (八鹿町大江)

兵庫県の 春日神社(八鹿町大江) を掲載しました。

兵庫県養父市にある。
山陰本線・養父市の東3Kmほどの八鹿町大江に鎮座。
円山川にかかる上小田橋を渡り、川(名前はわからない)に沿って東へ。
大江の集落あたりで南の山側へ入っていく、
言葉では説明しにくい場所。

狭い道を進むと、獣除けのフェンスがあり、
さらに進むと、石垣が見えてくる。その奥が境内。
木々の影になっている参道を抜けると、
緑一色の明るく広い境内で、ささやかな感動を感じながら進む。

緑の絨毯の奥、山麓の林の前に鳥居が建っており、
鳥居をくぐり、小川を越えると、社殿のある境内。

社殿は、最近補修されたような本殿覆屋のみ。
覆屋の中に流造の本殿が安置されている。
境内右手には、境内社の祠が一つ。

  
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   

投稿者 GenSyouShi : 00:33 | こめんと (1) | A. 掲…掲載

2009年3月15日

守田神社 (七二会)

長野県にある、守田神社(七二会) を掲載しました。

長野県長野市にある。
長野駅の西10Kmほどの七二会に鎮座。
19号線を道なりに西へ10Kmほど進み、
瀬脇の交差点から北へ1.5Kmほど。
緩やかな坂道の途中に、当社境内の森がある。

鳥居をくぐり、参道を進むと二本の杉の巨木。
当社の御神木だそうで、長野市指定天然記念物。
参道階段を上がり、御神木の間を通ると広い砂利の境内。
なんだかスケールの大きな境内に、スケールの大きな社殿に圧倒される。

参道正面に、その大きな拝殿があり、
拝殿の後方に本殿。
もとは茅葺だったような雰囲気だが、今はトタン張。
本殿の左手に漆喰の庫があり、御神紋の梶紋が付けられている。

拝殿左手に境内社が幾つか並んでおり
「猿田彦命」と刻まれた石も建っている。

拝殿右手、社務所に繋がる渡り廊下の途中に
立派な境内社の西宮神社。
通常の神社なら、本殿にあたる規模の境内社で
さすがは、元県社だという印象。

創祀年代は不詳。

弘安元年(1278)社地崩壊により現社地に遷座。
参道の御神木は、遷座当時に植えられたものらしい。

元宮と称する古蹟には石祠があるらしいが、僕は未確認。
その石祠の場所に鎮座していたわけではなく、
地滑りで滑り落ち、止まった場所を元宮としたそうだ。

鎮座地の古間は、古沼の訛り。
石器時代の遺跡などもある古い土地。
主祭神の守達神は、建御名方命の御子神にして
当地開拓の祖神。

守田の明神、古間の明神、守田諏訪大明神などと称され
天平巳年(729)には、すでに荘厳な社殿が造営されたという。

  
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   

投稿者 GenSyouShi : 21:03 | こめんと (0) | A. 掲…掲載

2009年3月14日

阿遲加神社 (羽島市)

岐阜県の阿遲加神社(羽島市) を掲載しました。

岐阜県羽島市にある。
名鉄竹鼻線南宿駅から西へ1Kmほど、
JR岐阜羽島駅から北東へ5Kmほどの足近に鎮座。

境川を背にして、南向きの小さな境内があり、
参道入口は南200mほどの所。
神明鳥居が建っており、長い参道というか農道が境内まで続いている。

境内前に小さな用水路のような川があり、
その奥が境内。
境内中央に、瓦屋根の拝殿。
拝殿の後方に石組みがあり、その上に神明造の本殿がある。

参拝は、天気の良い年末の休日。
拝殿前には角松が飾られ、本殿前には日本国旗が。
境内は狭いが、植栽も綺麗に整備されて美しく、
氏子の方々に愛されている様子。

社号の「阿遲加」は「あぢか」と読む。
鎮座地の足近と同じ。
足近は、かっては足近郷と呼ばれた地域で、
海馬(あしか)とも書かれる場合があったようだ。


通称は八剣様。
社伝によると、日本武尊東征の折、
伊吹山の荒神退治へ行かれる時に、当地の霊泉にて休憩。
土地の者が御食事を差し上げたので命は大変満足したという。

後、命が伊勢国能褒野で甍ぜられ、
御子稚武彦王は深く悲しまれて、
父の憩いの地に宮を造られたのが当社の創祀。
稚武の宮とも称し、竹の宮とも称したという。

  
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   

投稿者 GenSyouShi : 16:30 | こめんと (0) | A. 掲…掲載

2009年3月10日

愛宕神社 (笠間市泉)

茨城県の 愛宕神社(笠間市泉) を掲載しました。

茨城県笠間市にある。
岩間駅の西3Kmほどの愛宕山(305m)山頂に鎮座。
山頂へ向かう車道の脇、
愛宕山中腹に当社の鳥居が立っている。

山頂近くに大きな駐車場があり、そこにも当社の大鳥居が建っているが、
正式な参道入口は、その駐車場より200mほど下った場所。

その参道入口(南側)からは、急な階段の参道。
鳥居脇には軍陀利明王堂があり、階段途中には百石段不動が祀られている。

駐車場側(西側)からは、緩やかな階段の参道。
入口横には、愛嬌のある餅つき道祖神。

駐車場から愛宕山山頂を北へ回り込んで車道を進むと、
当社境内に到着する(らしい)。

ということで、南側の急な階段参道から参拝を開始。
階段脇には「日本火防三山の一 愛宕神社」と刻まれた社号標があり
火防の神として霊験のある神社のようだ。

急な階段を上ると、社殿のある広い境内。
当地では有名な神社のようで、参拝客が何人か。

社殿は、入母屋造の大きな拝殿と
その後方に流造の本殿。本殿には入母屋造の屋根が設置されていた。

本殿の後方に階段があり、
階段上には愛宕神社の奥社・飯綱神社が鎮座。
手力男命を祀る飯綱神社の本殿は、精銅造の六角堂。
戦後の混乱期に破壊されたが修築され、
苔むした自然石の上にあり、厳かな雰囲気の場所だ。
六角堂の後方には、愛宕山を守護した十三人の天狗の石祠が並んでおり、
その石祠も苔むして、こちらも良い雰囲気。

愛宕山は密教系修験道の霊山。
大同元年、筑波山知足院の開基徳一大師の創建といい、
社伝によると、大同元年(806)八月二十三日の創祀。
あるいは、大同元年正月二十四日とも。

  
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   

投稿者 GenSyouShi : 22:32 | こめんと (2) | A. 掲…掲載

2009年3月 8日

飯道神社 (甲賀市)

滋賀県の 飯道神社(甲賀市) を掲載しました。

滋賀県甲賀市にある。
飯道山(はんどうさん664.2m)の西側中腹(七丁目)に鎮座。
地図を見ると、飯道山の南側から当社東側へ通じる道があるようだが、
その道は私道のようでゲートがあるらしい。
(僕は未確認なので、ひょっとすると車で境内まで行けるかもしれない)

ということで、
飯道山の西麓、ゴルフ場の南側にある53号線から境内へ向かう。
53号線からの入口に当社の鳥居が建っているので迷うことはない。
鳥居脇の道から飯道山へ向かって登っていくと、
当社の駐車場に到着する。

駐車場から山道の参道が続き、
神社境内まで約30分の登り道。
参道脇には「一丁目」「二丁目」と刻まれた石碑が立っており、
七丁目が社殿のある境内。

駐車場の鳥居をくぐると、すぐに白鬚神社がある。
飯道山登拝のための禊の社のようだ。
山道を登っていくと、地蔵が祀られていたり
巨石が転がっていたりと、体力的には苦しいが
精神的に飽きさせない登り道。
しばらく登っていくと、参道正面に石組が見え始め、
弁天堂があれば、すぐに境内。
境内入口の鳥居をくぐると、
右手に大きな「鏡の大岩」。
境内には、この岩の他にも名前の付けられた石が幾つかある。

さらに参道を進むと「七丁目」の石碑がある場所に行者堂。
階段を上ると、社殿のある広い境内。
参拝は、年末の休日。
境内の隅には、少し雪が残っており、
山道で火照った肌に、風が心地よい。

社殿は、拝殿と後方に入母屋造の複雑な構造の本殿。
案内によると慶安三年(一六五〇)再建の華麗な本殿で
重要文化財に指定されているらしい。
丹塗りの美しい社殿なのだが、屋根に雪が残り
コントラストが強くて美しく撮れなかったのが残念。
新緑の春や紅葉の秋には、かなり美しい写真が撮れるかも。

当社社号「飯道神社」は、境内案内板によると「ハンドウ」と読む。
飯道山(ハンドウサン)の神社なので、「ハンドウ」で良いと思うが
『滋賀県神社誌』等には「イヒミチ」と書かれている。
「ハンドウ」は神仏習合時代の名残なのかもしれない。

創祀年代は不詳。
飯道寺の寺伝によると、和銅七年熊野三社を勧請したという。

式内社・飯道神社の論社、
というより甲西駅近くの針に鎮座している飯道神社を里宮とした
飯道山山上の奥宮にあたる神社。

境内左手に「行者コース」という修験の道がある。
全長350mほどの山道で、急峻な道や鎖などで進んでいくらしい。

  
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   

投稿者 GenSyouShi : 22:56 | こめんと (0) | A. 掲…掲載

2009年3月 6日

飯道神社 (湖南市)

滋賀県の 飯道神社(湖南市) を掲載しました。

滋賀県湖南市にある。
甲西駅の南500mほどの針に鎮座。
野洲川の支流、家棟川の西側に境内があり、
参道入口は、家棟川東側にある。

その参道入口の階段途中には、「式内 飯道神社」と刻まれた石碑。
階段を上り、家棟川を渡る橋を西へ渡ると境内入口。
ということで境内入口は東向き。
鳥居の脇には「式内 飯道神社」と刻まれた社号標。

鳥居をくぐると左手に、針つどいの家があり、その奥が境内。
境内中央には舞殿のような拝殿があり、
拝殿の後方、石積みの上に、垣に囲まれて流造の本殿がある。

参拝日が、年末の夕方だったせいか
境内には派手さはなく、
ひっそりと、そしてしっとりとした雰囲気に包まれていた。

境内には、町指定文化財(昭和48年10月5日指定)の
石造宝篋印塔が、これもひっそりと立っている。

社伝によると、大同二年(807)創祀。

昔は、飯道の森(旧甲西町役場敷地、現湖南市役所東庁舎)に
鎮座していたが
明治6年、家棟川改修工事により現在地へ遷座し、
明治10年造営落成したという。

式内社・飯道神社の論社、
というより飯道山上にある飯道神社を奥宮とした
里宮にあたる神社。

  
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   

投稿者 GenSyouShi : 22:56 | こめんと (0) | A. 掲…掲載

2009年3月 5日

當信神社 (信州新町)

長野県にある、當信神社(信州新町) を掲載しました。

長野県の信州新町にある。
信州新町役場から13Kmほどの信級に鎮座。
役場から19号線を南西へ7Kmほど進み、
川口交差点で393号線へ入って5Km北上し、
393号線から西へ1Km弱入る狭い道を進むと境内がある。

境内前には大きな杉が一本。
その根本には、小さな神輿が置かれている。
昔は二本あって二本杉あるいは夫婦杉と呼ばれていたが
一本枯れてしまったらしい。

草の参道を進むと参道階段。
階段の脇に、縄で縛られた石が立っている。
縄のため、良く読めなかったが道祖神だろうか。

参道階段を上ると、社殿のある境内。
境内右手に神楽殿があり、参道正面に拝殿。
拝殿後方に、本殿覆屋がある。
社殿の屋根は、すべて赤色。

田舎の小さな集落にある神社なのだが
その規模は大きく、境内も立派。

当社の社号「當信」は「たぎしな」と読む。
が、『式内社調査報告』によると、
地元では「たにしな」「とうしん」と呼ぶらしい。

創祀年代は不祥。

式内社・當信神社に比定されている古社。

  
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   

投稿者 GenSyouShi : 22:30 | こめんと (0) | A. 掲…掲載

2009年3月 4日

五十鈴神社 (気仙沼市)

宮城県にある 五十鈴神社(気仙沼市) を掲載しました。

宮城県気仙沼市にある。
気仙沼港に突き出した神明崎に鎮座。

港から眺めると、神明崎下にある赤い浮見堂が目につく。
面白そうな場所だと思いながら神明崎まで歩いてきて
浮見堂を撮影するのを忘れてしまった。残念。

浮見堂の近く、神明崎の下に「管絃窟」と呼ばれる穴があり
鳥居が建っていて祀られているようだが、詳細は知らない。

その「管絃窟」側に参道の階段があり、
階段を上ると、当社鳥居が建っている。
さらに階段を上ると、立派な境内社・猪狩神社が建っている。
境内案内によると、
「気仙沼湾に海苔養殖と製塩を伝えた猪狩新兵衛」を祀っているらしい。
その猪狩神社の左に、龍神の石祠がある。
境内の由緒略記によると、龍神社は当社本殿に合祀されているようだが、
気仙沼港を見下ろす景勝の地に建つ祠は、
当地祭祀の本来の姿なのでは、などと想像させる。

猪狩神社から参道を進むと、正面に当社社殿。
コンクリート造のようだが美しい社殿だ。
社殿内部には赤い絨毯(毛氈?)が敷かれ白い壁も美しい。
社号の五十鈴神社に相応しい社殿。

創祀年代は不詳。
社伝によると、応永年中(1394~1427)
一村に一社の皇大神宮を祀ることとなり、
丸森(気仙沼駅近くらしい)に創祀されたという。

後、延宝年中(1673~1681)
神明崎の現社地に遷座されたという。

当社境内(あるいは本殿に合祀)の龍神社は
式内社・計仙麻神社の論社となっている古社。
そうであれば、五十鈴神社は丸森から
龍神の地に遷されたということになる。

  
  
このエントリーをはてなブックマークに追加   

投稿者 GenSyouShi : 21:06 | こめんと (0) | A. 掲…掲載

 

玄松子の記憶バナー